落語の演目

小幡小平次こはだこへいじ

滑稽噺按摩江戸

下手だった役者が、覚悟を決めた一役で名題まで上がる話。

あらすじ

二代目市川団十郎が活躍していたころ、小幡小平次という役者がいました。芸が下手で、給金もろくにもらえないような下積みの日々を送っています。

ある日、小平次は世話になっている伝兵衛に「旅に出て修行をしたい」と相談を持ちかけます。伝兵衛は「稽古を十分に積める江戸にいてさえ下手な者が、旅先で急ごしらえの初日を迎えて務まるはずがない。それより作者に付け届けをして良い役をもらい、一生懸命に勤めてみて、それでも駄目なら役者をやめて商売替えをしたほうがいい」と諭し、五両の金を渡しました。

小平次はこの五両を狂言作者のもとへ持って行き、役をつけてほしいと頼み込みます。承知を得てから十日ほどたつと、渡されたのは芝居のなかで、楠正成の亡霊を演じるという一役でした。

小平次は伝兵衛に「五両もの金を受け取っておきながら、幽霊役でせりふはわずか三行半しかない。あんまりな仕打ちだ」とこぼします。伝兵衛はしばらく考え込んだのち、ひざを打って「さすがは名うての作者だ。お前の顔立ちは幽霊にぴったりだ。こしらえを工夫して、一生懸命に勤めてみろ」と励ましました。

折しも近所の羅宇屋の老人が亡くなったとの知らせが届き、小平次は弔問に出向いて死者の顔をつぶさに見て、それを手本に幽霊の顔をこしらえます。うっかりその顔を近所の者に見せてしまうと、相手は驚きのあまり気を失うほどでした。

迎えた初日、正成の霊前に回向する場面で小平次の幽霊が現れます。あまりの恐ろしさに演じ手の団十郎さえ震えるほどの出来ばえで、これが評判となりました。小平次はそれから一心に稽古を重ね、ついに名題にまで昇進を遂げました。

成立と背景

「中村仲蔵」や「淀五郎」と同じ、役者の苦心を描いた噺です。小幡小平次という役者は、山東京伝の読本や、勝俵蔵、のちの四世鶴屋南北による芝居に取り入れられ、幽霊役者として知られる人物のモデルになりました。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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