落語の演目

小烏丸こがらすまる

滑稽噺言い立て若旦那

別題: 孝行娘、竹光

後妻の不義を知った質屋の一件に、名刀の言い立てが絡む話。

あらすじ

神田仲町の質屋、伊勢屋源兵衛は女房に先立たれたあとも、おてるという娘が育つのを心の支えに、後添えをもらわず独り身を通していました。そこへ後妻の座を狙って奉公に来た女がうまく取り入り、後妻におさまります。

ところがこの後妻は身持ちが悪く、鍼医の定安とひそかに密通していました。番頭の勝五郎が旦那の胸の内をそれとなく探ってみると、間男をするような女ならいっそ相手の男にくれてやるという返事でした。

勝五郎が帰ろうとすると、おてるに呼び止められ、なにやら相談を持ちかけられます。おてるは定安に「私と一緒に逃げてください」と持ちかけ、定安は大喜びしました。二人は土蔵にあった小烏丸の短刀と金を手に取り、夕方飛鳥山まで落ち延びます。

おてるは持ち出した金と小烏丸の刀を定安に手渡し、「おまえとおっかさんとの密通を、私の身に引き受け、あれは母じゃない娘であったといわれる覚悟で逃れ出した。尼法師になるつもりだから、おまえはどこへでも行ってくれ」と告げました。これを聞いた定安は怒り出します。

そこへ勝五郎が駆けつけて切り合いになりました。定安が鞘を払わぬまま小烏丸を振りかざして打ちかかるのを勝五郎が押さえて引き合ううち、刀身がさやから抜け、そのまま二人は斬り結ぶことになります。あたりはドロドロと不穏な空気に包まれました。

「はて心得ぬ。小烏丸を抜くときは、カラスがむらがると伝え聞くに、アレアスズメがむらがるは……」と勝五郎が首をかしげながら中身をあらためてみると、それはただの竹光だったのです。

成立と背景

六代目桂文治が得意な演目として、好んでたびたび高座にかけていたことで広く知られている噺です。上方では「竹光」という外題で演じられています。そのことは今でもよく語り継がれています。

上方の「東の旅」という一連のシリーズに入っている「矢橋舟」という演目は、この噺とサゲの言い回しはよく似ていますが、話の筋そのものはまったくの別ものになっています。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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