五百羅漢ごひゃくらかん
五百羅漢の触れ売りの節に、女房と女中をめぐる小間物屋の顛末を重ねた話。
あらすじ
むかし本所に五百羅漢という寺があり、天恩山羅漢寺といいました。ここの坊さんは托鉢に出るとき「本所う、五つ目え、五百う羅かあん」と節をつけて歩いていたといいます。本所五つ目に住む小間物屋の惣兵衛は、姉さん女房と仲むつまじく暮らしていました。
ところが女房が病気になり、看病のために女中を雇い入れます。この女中が惣兵衛と親しくなってしまい、女房はくやしさのあまり頭の毛が抜け落ち、やかんのような頭になってしまいました。
そのうちに女中は身ごもります。女房が息を引き取ったちょうどそのとき、赤子が生まれました。生まれた子もまた、やかん頭でした。女中はそのまま後妻におさまります。
女房が亡くなって二年たったころ、後妻は「亡くなったおかみさんに悪いことをした」と仏壇に灯明をあげて拝みます。すると灯明の火が頭髪に燃え移り、後妻もやかん頭になってしまいました。亭主はあいそを尽かして逃げ出し、後妻は子をおぶって物乞いをして歩いたといいます。托鉢の節も、いつしかこう変わっていました。「本所う、五つ目え、親子お、やかあん」
成立と背景
落語家の品川の円蔵は、この話を「宿屋の仇討」という別の演目の中に組み込んで演じていました。それを、のちに円生が抜き出して独立させ、一席の噺として仕立て直したものです。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『増補 落語事典』東大落語会 編、青蛙房、1979年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

