落語の演目

朝友あさとも

滑稽噺夫婦

冥土で再会した男女が夫婦になろうとするが、娘が閻魔大王に見初められて騒ぎになる話。

あらすじ

伊勢町に住む検校の息子・康次郎と、小日向水道町松月堂の娘・お朝は、あの世でふと行き会いました。娑婆にいたころから互いに想いを寄せ合う仲だったので、そのまま夫婦になろうと約束します。

ところがお朝は、そばめを探していた閻魔大王の目にとまり、奪衣婆のもとへ預けられてしまいます。大王の意に従えと迫る婆に対し、お朝は言いかわした殿御があると突っぱね、怒った婆は庭の松に娘を縛りつけました。

一方の康次郎は、このまま死なせておくと大王の妨げになるからと、無理やり息を吹き返させられることになります。娑婆へ戻る道すがら、松に縛られたお朝を見つけて縄をほどいてやりました。

ちょうどそのころ、娑婆では早桶に納められていたお朝の体が急に動き出し、康次郎の名を呼びました。同じ時刻、通夜の座敷に横たわっていた康次郎の亡骸も、同じように息を吹き返し、居合わせた人々を驚かせます。

通夜に来ていた寺の和尚は、こうしたことは昔もあったのだと語り始めます。伊勢国の文屋康秀という人物が死んだとき、閻魔が調べると寿命がまだ残っていましたが、すでに火葬にしてしまい、もとの体には戻せませんでした。

そこで同じ日同じ刻に亡くなっていた日向国松月家の朝友という人物に身代わりを務めてもらい、康秀を娑婆へ戻したとの言い伝えです。文屋の康次郎と松月堂のお朝という取り合わせがこの故事にそっくりなのは、あの世で交わした約束の証にちがいないと和尚は続けます。

和尚はぜひとも二人を添わせてやってほしいと頼みました。先方に角が立ちはしないかと案じる声には、こう答えました。「いや、幽霊同士の約束だ、おたがいにあしはないはずだ」

成立と背景

平安の歌人として知られる文屋康秀にまつわる言い伝えを下敷きにした噺です。奪衣婆がお朝を庭の松に縛りつける場面は、新内節「明烏」で雪の中の浦里が責められる型を取り入れているとされます。

この噺にある、死んだ二人がそろって蘇るという筋そのものにも先行する小咄があり、明和五年に出た笑話本「軽口春の山」に載る「西寺町の幽霊」という一編が原話にあたるといわれています。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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