落語の演目

貝野村かいのむら

滑稽噺奉公若旦那女中

別題: 海野村、手水廻し

奉公に来た女中に思いを寄せた若旦那が病みつき、村まで迎えをやる話。

あらすじ

丹波の貝野村から大阪船場の商家へ、おもよという十八歳の女中がやって来ました。なかなかの器量よしで、二十二歳の若旦那はすっかり思いを寄せてしまいます。

若旦那が商用で九州へ出かけているあいだに、おもよは母親が病気になったという知らせを受けて貝野村へ帰ってしまいました。九州から戻っておもよがいないことを知った若旦那はがっかりし、寝込んでしまいます。

うわごとにまでおもよの名を口にするので、家の者は貝野村まで迎えを送ります。おもよのほうも、母の病が治ったあとまで若旦那を思って寝込んでいましたが、大阪から迎えが来たと聞くとたちまち元気を取り戻し、船場へ駆けつけました。

おもよの顔を見たとたん、若旦那の病もすっかり治ります。すぐにも嫁にと望みますが、貝野村ではひとり娘なので、まず一晩だけ婿入りの祝言をあげ、親類に申し訳を立ててから大阪へ嫁がせるということになりました。

婚礼の翌朝、若旦那は「手水をまわしてくれ」と頼みます。女中も村の主人も料理番もその意味がわからず、和尚に尋ねました。和尚は、手水とは長頭のことで長い頭の持ち主を回してよこすのだと請け合い、村一番の長頭の男を連れて来させます。

これを見たおもよは恥ずかしさのあまり怒り出し、そのまま大阪へ帰ってしまいました。村の主人と料理番は、手水の謎をどうしても解きたいと、わざわざ道頓堀の宿屋に泊まり、手水をまわしてくれと注文します。

運ばれてきたのは、熱い湯を張ったたらい、塩と歯磨き粉をのせた皿、それに房楊枝でした。二人は飲み食いするものと思い込み、塩と歯磨き粉で味をつけた湯を無理やり飲み干します。

そこへ女中がもう一人前を運んで来ました。「もうたくさんじゃ。後の一人前はお昼からちょうだいいたしましょう」

成立と背景

大阪では「貝野村」、東京では「海野村」と書きますが、丹波のどのあたりの村かは定かではありません。後半の手水をめぐるくだりは、「洗足」という噺に似た趣向です。

東京の演じ方では、おもよを大阪へ連れ帰るところで切り、「旦那この薬なら若旦那はなおりますよ」「ああこの薬ならなおるとも、あとでわしも一服飲みたい」とサゲることもあります。文化十一年刊行の十返舎一九『木曽街道膝栗毛』五編下に、よく似た話が載っています。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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