落語の演目

一日公方いちにちくぼう

滑稽噺大工

将軍に生き写しと言われた親孝行の大工が、望みどおり一日だけ将軍になる話。

あらすじ

大工の市兵衛は麻布の六本木で暮らしており、七十三になる母親を抱えた、近所でも評判の親孝行者でした。ある日、ひいきにしている麻布十番の茶人珍斎のもとへ遊びに行くと、ちょうど一人の客が来ていました。

市兵衛はその客の顔をしきりに見つめていたかと思うと、いきなり表へ飛び出し、酒を一升買って戻って客に盃をすすめます。少し残しておいてくださいと言って飲み残しを干し、これで死んでもいいと口にしました。

わけを尋ねられると、あなたは公方様にそっくりだ、公方様から盃をいただいたような気持ちで、もう思い残すことはないと答えます。面白がった客が望みはないかと聞くと、市兵衛は一日でいいから公方様になってみたいと打ち明けました。

客は珍斎にそっと耳打ちをし、酒の中にこっそりと眠り薬を仕込ませました。ぐっすりと寝入ってしまった市兵衛は、そのまま乗り物に乗せられ、お城の奥へと運び込まれます。

目を覚ますと、そばに控えた女中が「お目覚めでございますか」と声をかけてきます。狐につままれたような心地の市兵衛でしたが、公方様だと言われてすっかりその気になり、麻布の市兵衛という大工が貧しくて困っていると聞いて二百両を与えたりしました。

やがて料理が出て酒を飲むうち、また眠り薬を盛られて寝込んでしまいます。その間に自分の家へ戻された市兵衛は、目覚めると「おれは公方様だ」と言ってお城へ駆けつけようとしますが、狂人扱いされてしまいました。

わけがわからなくなった市兵衛が珍斎のもとを訪ねると、ちょうど本物の公方様がお忍びで来ていました。望みはかなったかと問われ、恐縮する市兵衛に、公方様はこう告げます。「その方の親孝行に免じて、住んでいる一町四方を与える。今日から市兵衛町と名乗るがよい」

市兵衛は礼を述べたものの、市兵衛が公方様で公方様が市兵衛でとわけがわからず困惑します。「まだわからんか」と聞かれ、市兵衛はこう答えました。「こいつぁ麻布で、気が知れねえ」

成立と背景

公方様とは、将軍を指す尊い呼び名です。結びに出てくる「麻布で気が知れねえ」というせりふは昔ながらの地口で、その由来については古くから複数の説が伝わっているといいます。

麻布の中に目黒・白金・赤坂・青山という色の付く地名がありながら黄だけが見当たらないという説や、名木として知られる六本木がありながら、それがどこにあるのか判然としないという説などが挙げられます。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

← 落語の演目一覧へ