コラム・特集2026年7月23日

女性の落語家・講談師・浪曲師ガイド|東京の寄席で聴ける名前

「女性の落語家って、いるの?」——答えは「たくさんいます」。今の東京の寄席では、落語・講談・浪曲のどの分野でも女性の演者が毎日のように高座に上がっています。このページでは、東京の寄席・落語会で聴ける女性演者の名前と、「今どこで聴けるか」の調べ方をまとめます。

女性演者は落語・講談・浪曲のすべてで活躍中

落語協会では1993年に初めての女性真打が誕生し、以降、各団体で女性の演者が増えています。講談・浪曲は特に女性の活躍が目立つ分野です。各演者名から出演予定ページへ移動できます。

このページで「女性」と記載する理由

落語家・講談師・浪曲師の職業名は、性別によって変わるものではありません。芸の力量も性別で決まるものではありません。落語協会では、1993年に三遊亭歌る多・古今亭菊千代が「女真打」として昇進しましたが、2002年にこの別枠は廃止され、現在は性別を分けず「真打」としています。個々の演者を紹介する際も、性別の表示が必要とは限りません。

本ページで女性の演者をまとめているのは、落語における女性の入門・昇進の歴史を伝えるとともに、落語・講談・浪曲で現在活動する演者を知る入口とするためです。落語協会で女性が初めて真打に昇進したのは1993年でした。ここでは、その経緯と、現在、東京の寄席や落語会で聴ける演者を紹介します。

芸風は性別で決まるものではありません。声の質、間、人物の描き分け、作品の解釈は演者ごとに異なります。古典の解釈や構成の見直しも、性別を問わず行われています。その一例として、林家つる子は、男性を中心に語られてきた古典を、女性の登場人物の視点から構成し直しています。これは女性演者全体に共通する特徴ではなく、個人の創作・解釈です。

本ページは、性別だけで演者を評価するためのものではありません。一人ひとりの活動を知り、実際の高座に接する入口としてご利用ください。

女性落語家のあゆみ

東京の落語界には前座・二ツ目・真打という階級があります。一方、上方落語には現在、同じ真打制度がありません。そのため、ここでは入門・真打昇進・受賞などの主な出来事を年代順に紹介します。

  • 1974年 — 露の都が入門露の都が二代目露の五郎兵衛に入門しました。上方落語協会は、露の都を「日本で第1号の女性落語家」と紹介しています。
  • 1981年 — 三遊亭歌る多が入門三遊亭歌る多が三代目三遊亭圓歌に入門し、「歌代」の名で前座となりました。
  • 1984年 — 古今亭菊千代が入門古今亭菊千代が二代目古今亭圓菊に入門し、「菊乃」の名で前座となりました。
  • 1993年 — 落語協会で初の女性真打が誕生:三遊亭歌る多と古今亭菊千代が、落語協会で女性として初めて真打に昇進しました。当時は男性の真打とは別の「女真打」という区分でした。
  • 2000年 — 落語芸術協会で初の女性真打が誕生桂右團治が、落語芸術協会で初めての女性真打となりました。
  • 2002年 — 落語協会が「女真打」の区分を廃止:性別による別枠がなくなり、全員が同じ「真打」として扱われるようになりました。
  • 2021年 — 桂二葉が女性初のNHK新人落語大賞を受賞桂二葉が、1972年に始まった同賞で女性落語家として初めて大賞を受賞しました。
  • 2023年 — 立川流で初の女性真打が誕生:立川こはるが真打に昇進し、立川小春志を襲名しました。
  • 2024年 — 林家つる子が女性初の抜擢真打に昇進:林家つる子が、女性として初めて、落語協会で先輩を抜いて昇進する「抜擢」により真打に昇進しました。

※各年の記述は、落語協会・落語芸術協会・上方落語協会の沿革、公式プロフィール、受賞発表をもとにしています。

階級制度(前座・二ツ目・真打)のしくみは前座・二ツ目・真打とはで解説しています。

東京の寄席で聴ける女性落語家

各リンク先で、その演者の今後の出演予定(会場・日付・昼夜)を確認できます。

※ 掲載基準:歴史上の節目となる演者、東京の寄席・落語会への出演実績がある演者、および2026年7月23日時点で寄席ミルに今後の出演予定が登録されている演者を掲載しています。各団体の全所属者名簿ではありません。

落語協会

落語芸術協会

立川流

上方

  • 桂二葉(上方の落語家。東京の寄席・落語会にも出演)
  • 桂あやめ(上方の落語家。東京の落語会にも出演)

女性の講談師

講談は、女性の演者が特に多い分野です。神田派をはじめ、多くの女性講談師が定席や講談会に出演しています。

女性講談師のあゆみ

講談には前座・二ツ目・真打の階級があります。1975年に女性初の真打が誕生し、その後、女性の入門者と真打が増えました。文化デジタルライブラリーでは、現在は女性講談師の人数が男性講談師を上回ると紹介されています。

  • 1968年 — 宝井琴桜が入門宝井琴桜が田辺一鶴に入門し、翌年、五代目宝井馬琴門下となりました。
  • 1975年 — 女性初の真打が誕生:宝井琴桜が女性として初めて真打に昇進しました。
  • 1979年 — 神田陽子・神田紅が入門神田陽子神田紅が、それぞれ二代目神田山陽に入門しました。
  • 1988〜1989年 — 女性講談師の真打昇進が続く:1988年に神田陽子、1989年に神田紅・神田すみれが真打に昇進しました。
  • 2005年 — 神田陽子が日本講談協会会長に就任:その後も神田紫・神田紅らが会長を務め、女性講談師が協会運営を担っています。
  • 2010年 — 神田紅が日本講談協会会長に就任:2010〜2012年と2016〜2026年3月に会長を務めました。
  • 2023年 — 一龍斎貞鏡が真打に昇進一龍斎貞鏡が真打に昇進しました。祖父・父に続く講談師で、講談協会は「世襲制ではない講談界で初の三代続いての講談師」と紹介しています。

※各年の記述は、講談協会・日本講談協会の公式プロフィールと沿革、文化デジタルライブラリーをもとにしています。

講談については講談とは?のページへ。

女性の浪曲師

三味線の伴奏で物語る浪曲でも、女性の演者が第一線で活躍しています。

女性浪曲師のあゆみ

浪曲には、落語・講談と同じ真打制度はありません。浪曲師と、三味線を担当する曲師が一緒に一席をつくります。女性浪曲師の歴史は現在の演者に始まったものではなく、昭和前期にはすでに女性演者が継続して活動していました。

  • 昭和10年代(1935〜1944年)— 女性浪曲師が男性浪曲師と並んで活動文化デジタルライブラリーは、ラジオとレコードで浪曲が普及した時期に、女性演者が男性演者と対等に活動したことを浪曲の特色として紹介しています。
  • 1968年 — 天中軒雲月が入門天中軒雲月が四代目天中軒雲月に入門し、1969年に初舞台を務めました。2008年に五代目天中軒雲月を襲名しています。
  • 1995年 — 奈々福が曲師として入門奈々福が二代目玉川福太郎に曲師として入門し、2001年に浪曲師として初舞台を務めました。
  • 2008年 — 澤孝子が日本浪曲協会会長に就任:2008〜2012年に第17代会長を務めました。
  • 2013年 — 港家小そめが入門港家小そめが五代目港家小柳に入門し、2019年に名披露目を行いました。
  • 2019年 — 奈々福が第11回伊丹十三賞を受賞:浪曲の口演と、浪曲を紹介する企画・制作の活動が受賞理由として挙げられました。
  • 2024年 — 天中軒雲月が日本浪曲協会会長に就任:日本浪曲協会の会長として、定席や企画公演など協会の活動を担っています。

※各年の記述は、日本浪曲協会の公式プロフィール・歴代会長一覧と文化デジタルライブラリーをもとにしています。

浪曲は浅草の木馬亭で毎月1〜7日に定席が開かれています。詳しくは浪曲入門へ。

「今どこで聴けるか」の調べ方

  1. 気になる演者の名前を演者から探すで検索する
  2. 演者ページで今後の出演予定(会場・日付)を確認する
  3. 会員登録してフォローすると、新しい出演予定をメールで受け取れます

今日の各寄席の出演者は今日の番組表で確認できます。

よくある質問

女性の落語家はいますか?
います。落語協会・落語芸術協会・立川流などに多くの女性落語家が所属し、東京の寄席に日常的に出演しています。
女性初の真打は誰ですか?
落語協会では1993年に三遊亭歌る多さんと古今亭菊千代さんが女性として初めて真打に昇進しました。落語芸術協会では桂右團治さんが初の女性真打です。
女性の落語家はどこで聴けますか?
東京の定席(鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場)の通常興行や、各地の落語会に出演しています。各演者の出演予定は寄席ミルの演者ページで確認できます。
講談や浪曲にも女性はいますか?
います。講談・浪曲はむしろ女性の演者が目立つ分野で、定席の番組や専門の会で聴けます。

気になる名前が見つかったら、まずは番組表でその人の出演日をチェックしてみてください。フォロー機能を使えば、次の出演を見逃しません。

← コラム・特集の一覧へ